BEACON Vol.6
中川健一 (以下・中川)
今回は、私の友人で、経営コンサルタントとして活躍しておられる永山太さんにお話を伺います。永山さんは、 日本的宗教観の中を深く歩まれた末に、イエス・キリストを救い主として受け入れられました。まずは、その原点から聞かせてください。
永山太(以下・永山)
私は奈良県大和郡山市で育ちました。法隆寺まで車で15分の距離で、子どもの頃から歴史が好きで、明日香や古墳、お寺巡りもよくしていました。
死について考えるようになったのは小学生の頃です。身近な人の死に触れるたびに、「人は死んだらどうなるのか」と、胸の奥がざわつく感覚がありました。
中川
大学は仏教大学へ進まれたのですね。
永山
はい。四天王寺国際仏教大学です。入学式は、礼拝堂に集まり、釈迦如来像の前で献灯し、お経を唱えるところから始まります。正直、相当なカルチャーショックでした。「大学はもっとアカデミックで西洋的」と思い込んでいましたから。 「自分の人生はこんなはずじゃなかった」と感じたのも事実です。
ただ、 礼拝日に瞑想し、般若心経を唱え、写経を続けるうちに、仏教が 「心地よいもの」になっていった。まるで空気のように、体に染み込む感じがありました。
中川
それは、日本人の宗教観そのものですね。
そして得度を受けられた。
永山
仕事のご縁もあって、得度を受け、仏弟子になりました。滴礼で額に水を付ける儀式など、キリスト教で言えば洗礼式に似た面もあります。さらに「五重相伝」という修行も受け、戒名も授かりました。そのときは「これで救われた」と思いました。
私が熱心だったのは、日本型仏教の 「和の精神」です。真理は一つだが、そこに至る道はたくさんある。世界には宗教がいろいろあって、神社でも教会でも拝み方が違うだけだ、と。排他的な一神教こそ争いの原因だ、と本気で考えていました。実際、世界宗教者会議のような場のお手伝いもしました。
※得度:仏教において、 仏弟子として歩み始めるための儀式。
※五重相伝:浄土宗で行われる、 念仏信仰を深めるための段階的な修行を伴う法要。生前に戒名を授かることがある。
中川
しかし、その確信は揺さぶられることになるのですね。
永山
仕事は順調でしたが、生活は乱れていました。毎晩のように飲み歩き、結婚しても、子どもかできてもあまり変わらない。命があったのが不思議なくらいの自動車事故を起こしても、自分を変えることはできませんでした。そんな時、東京の会社に引き抜かれ、家族で関西から引っ越しましたが、4年で会社がなくなってしまいました。失職しましたが、プライドから大阪に戻れず、経営コンサルとして独立しました。かっこいい話ではなく、意地でした。
中川
そのような時期に、教会へ。
永山
仕事のパートナーがクリスチャンで、何度も誘われ、しぶしぶ教会に行きました。 そこで語られたのが、「イエス ・ キリストの十字架以外に救いはない」 というメッセ ージでした。私は強烈に反発しました。「真理は一つ、アプローチはいろいろでいいはずだ」と。礼拝後、ニコニコしながら声をかけてくるクリスチャンたちに、私は論争を仕掛けました。
「仏教は偶像礼拝ではない」「キリスト教だって像があるじゃないか」「プロテスタント?カトリック?外から見れば同じだろう」 ー そんな調子で、譲りませんでした。 今思えば、傲慢でした。
中川
なぜそこまで 「論破」に向かったのでしょう。
永山
一神教の排他性が世界を不幸にする、と真面目に信じていたからです。 だから、相手の論理構造を理解して論破しようと、聖書を読み始めました。 ところが、聖書は読んでも分からない。それで解説書を探し、中川先生の 『 日本人に贈る聖書ものがたり』に出会いました。聖書が、宗教の経典ではなく、人類史を貫く一本の物語として繋がっていく。面白くて、引き込まれました。著者に会ってみたくなり、集会に通うようになりました。
中川
通いながらも、最初は純粋な求道ではなかった。
永山
はい。どこに仏教の正当性があるのか、聖書の中に仏教の影を見つけたい、そんな動機が混ざっていました。でも学べば学ぶほど、むしろ仏教側の問いが大きくなっていきました。
他力本願と自力本願が真逆であること、輪廻の扱い、死後の世界についての曖昧さ。釈迦の「毒矢の譬え」に象徴されるように、形而上学的問いに答えるより「捉われない思考」を勧める面がある。私は、原始仏教は宗教というより哲学だったのでは、と考えるようになりました。
中川
一方、聖書は何を提示していましたか。
永山
聖書は、創世記から黙示録まで一貫して「神の栄光をゴールに据えながら、神が人をどう救うか」を語っている。歴史観であり、世界観であり、人生観でした。そして2008年、聖書全体を救済史として学んだとき、私の中で焦点が合いました。十字架は抽象的なものではなく、「神の永山太救済プログラム」だったのだ、と。
礼拝で招きがあったとき、 私は泣きながら右手を挙げました。しかし頭では整理しているつもりでも、実際には、神が私の首根っこを掴んでくださっていたのだと思います。
中川
「和の精神」は、どこで限界に来たのでしょう。
永山
「和」は人間関係を整える力はあります。でも、神と自分との関係を回復することはできませんでした。 罪と死の問題に、 私は答えを持っていなかった。 宗教的寛容は美しく見える。でも、救いを必要としている自分自身の現実を、真正面から扱えないのです。
中川
今、ヨハネの福音書14章6節のイエスのことばをどう受け止めていますか。
永山
かつて最も反発した箇所に、 今は心からアーメンと言えます。哲学は人が神を探す道ですが、 福音は、 神が人を探し、 救う道でした。方向が逆でした。
中川
最後に、 読者の方へ。
永山
私は長い間、 「すべての宗教は同じだ」と考えていました。 でも本当に問うべきなのは、「罪と死の問題に、誰が答えを持っているのか」です。
聖書は、福音の中心として、キリストが私たちの罪のために死なれ、葬られ、そしてよみがえられたこと(1コリント15章3〜4節)を語ります。私はこの事実が 「自分のため」だと分かったとき、初めて平安を知りました。もし今、あなたの心にも問いがあるなら、まずは聖書を開き、神に向かって正直に「 導いてください」 と祈ってみてください。 神は、求める者に必ずご自身を示してくださいます。
ヨハネの福音書14章6節
「イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、 だれひとり父のみもとに来ることはありません。」
お祈りをされた方は、サイン欄に「祈った日」「氏名」記入し、画面のスクリーンショットを残しておかれることをおすすめします。
プリンターをお持ちの方は「印刷する」ボタンを押すと印刷画面が開き、印刷をすることができます。
いつ祈ったかの記録になり、大切な記念にもなります。
仏教を深く学んだ末に、私はキリストに出会った
After a deep study of Buddhism, I came to encounter Christ.
バイブル ブックレット シリーズ BEACON(ビーコン)Vol.6
2026年4月発行
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